日本語教師奮闘記

日本語教師です。普段はツイッターでしょーもないことばっかり呟いてます。

教科書論争

最近、みん日批判(正確にはコミュニケーション重視の授業でみん日を使う事への批判だけど)に対して「ほっとけばいいじゃん」みたいに、『"みん日批判"批判』みたいなのを目にするようになった気がします。


「みん日批判をする人は偉そう。」

まぁ、正直わかる。俺もその偉そうにしてる1人です。すんません。

 


でも、この話題となると必ずと言っていいほどあの方々が主張してますが、

 


「目的に合った教科書なら楽に高い効果をあげることができる」

 


ほんっとこれだけの話なんですよね。

目的に合わないものを使うから準備が必要以上に大変で、無駄に大変だから労働環境が悪くなって、人材も育たない。え、理にかなってるじゃんっていう。みん日を批判するんじゃなく、なんでもかんでもみん日を使うことに疑問を感じると。目的に合わせて教科書変えようぜっていうね。


ただ、この話は「構造シラバスはコミュニケーション力を鍛えるのには向かない」という共通の認識がないといつまでたっても平行線だけど。


この「構造シラバスがどんな授業に向いているか」についての結論は既に出ているものと思います。俺は日本語学校の人間なので日本語学校について話しますが、一般的な日本語学校では構造シラバスは正直向いてません。と、俺は思っていますが、実はここでも共通認識が持てていない場合もまだまだあるようで、そうなるとやはり平行線。


この辺の平行線は、それぞれが頑なに持っているビリーフみたいなもので、なかなか交わりません。そんな状況だから「ほっとけ」ってなるんでしょう。

 


俺も何回も同じような話に首を突っ込んできたし、この主張が交わらないならもうほっとけばいいじゃんってのもわかるんですが、それでもやっぱり口を出してしまう。

 


なぜかって?

 


効率悪い授業が蔓延ってたら困るのは学習者だからですよ。

 

 

これでも日本語教師のはしくれ。

多くの人に日本語を楽しく学んで欲しいし上達もして欲しい。それが自分の学校の学生じゃなくても。だから「よりよい答え」が存在するのなら、それを見つけておきたい。


それなのに古い考え方に固執したままで別のものに目を向けようとしない日本語教師がいたらやっぱり「ちょ待てよ」ってなるじゃないですか。

 


だいぶ前に、ICTに拒絶反応を示す人ってどうなのみたいな記事↓を書いたんですが、

 


http://jpns.hateblo.jp/entry/2019/06/15/184127

 


俺のブログで一番読まれてたのがこれなのでもしかしたら覚えてる人もいるかも。

これ、ICTじゃなくて指導法にだっておなじことが言えますよね。

 


考えても見てください。

また医療のたとえ話を出しますが、『湿潤療法』ってご存知ですか?キズパワー○ッドみたいなやつです。


あれって、従来の治療法から考えるとありえないんですよね。それまでは「傷口は消毒して乾燥させてかさぶたを作っちゃえば早く治る」って考えられてたのに、湿潤療法は「消毒せずに水で洗って常に潤わせて乾燥はさせない」みたいな治療法ですから。

昔は褥瘡とかをドライヤーで乾燥させる!なんてこともしてたらしいですね。今の医療からは考えられない話です。


日本語教育だって同じじゃないですかね。研究が進めば、理論なんて180度覆る。それまで自分がやってたことが全て否定されることだってある。でもそこで古いものに固執して、誰が困るかって、やっぱり患者(学習者)ですよね。


「みん日使ってる人の気持ちも考えてよ」って言われても、そこは重視すべきポイントではないかなと思います。

俺だって昔はみん日使って、それこそ「歩くみん日辞典」のレベルで語彙も文型も把握してましたさ。未習語彙は使わない方がいいって思ってたし、いろいろ手の込んだ導入を考えてました。

でもそれがダメだって思うなら、たとえ過去の自分の言動やら積み上げてきたものやらを全てぶち壊すことになっても、別のものにも目を向けなきゃなと思います。ぶち壊すことでより良い授業ができるなら。まぁぶち壊してダメになる可能性だってありますし、人間関係とかこじれるかもですけど。

俺の場合、まずみん日の使い方をガラッと変えました。導入や練習方法も変えて、教科書の中に使わない部分が増えて行きました。次に「できる日本語」を使い始めて、みん日に足りなかったところとかでき日の使いにくいところとかを感じて、最終的にやっぱりみん日やめようって判断に辿りつきました。

今の職場では、教科書の決定権がないどころかまだ仮採用が終わらないうちから「今の文型重視の授業じゃ日本語力伸びない」って主張したりもしてましたし。今考えるとめんどくさい新人ですね。周りは敵だらけだったと思います。結局教務主任になって教科書変えましたが。

 

 

ところで、「みん日批判派が偉そうに見える」という意見。実は、ちょっと「そんなのしょうがないじゃん」って思っちゃう部分があります。あぁ敵が増える。


だって、今の進んだ研究を無視して30年前の常識のとおりに傷口にドライヤーをあててるようなものですよ。患者は痛がるし、治りも遅くなるし、その分ガーゼ替えたりちょくちょく消毒したりとか医者の仕事も増えるし。そんなのねえ、ほら、見ててなんかいろいろ残念な気持ちになるじゃないですか。


みん日だって、新しい理論に合わせてコミュニカティブに使えるってのはわかりますよ?

でも構成が作られた当時の理論を無理に新しいのに合わせると、どうしても破綻する部分が出る。それなら最初から新しい理論で作った教科書にすればいいよねって話で、結局最初に戻ります。


「みん日もまるごともただの選択肢の一つであって、それ以上でも以下でもない。どの教科書がいいかは人によって考えが違うんだから、なんでもいいはずだ。」という意見も見られますね。その通りです。でもそれは、「"学習者の目的と合っていて高い学習効果が挙げられるなら"なんでもいい」ですよね。この条件に合うなら、なんでもいいんです。そしてこの条件に最も合う教科書を探して比較検討するのは教師としての義務で、ああやっぱり最初に戻りますね。

 


てことで、やっぱり日本語教師として学習者のことを考えると、たぶん俺はこれからも学習者の目的と教科書を形作った理論とが噛み合ってないのを見たら、偉そうに口出ししちゃうんだろうなと思います。

 


ちなみに、みん日の対抗馬として主に出されるのはやっぱりまるごとあたりだと思いますが、まるごとにだって欠点はあります。なんかまるごとの欠点が全然出されてないのは不公平な気もするので、まるごと使ってみて大変だなってところも暇があったらそのうち書いてみたいと思います。まるごとだって完璧な教科書ではないですからね。何年かしたら廃れてる可能性だって0じゃありません。

前回の補足

※この記事の補足です。

JLPTには文型積み上げが効果的? - 日本語教師奮闘記

 

自分で書いたの読み直してみましたが、たしかにこれだと「某基金では外交官などにしか日本語教育を行っていない」と言ってるように見えますね。反省。


前回の記事で触れていたのは

 

https://jfstandard.jp/casereport/ja/render.do

 

こちらの『8. 『まるごと 日本のことばと文化』を使った実践』のあたりです。

 

この実践報告では「交換留学生として来日する学生」「外交官・公務員日本語研修」を対象にしたコースや、「ちょっとした楽しみや趣味の一つとして日本語を勉強したいと思っている人」のためのコースなどが出されています。なので、外交官相手の授業というのは国際交流基金の活動のほんの一例です。このページにはありませんが、小学生や年金生活をしているような人を対象に教えることもあるとのことです。


ということで、ちょっと言葉が足りませんでしたが「外交官相手の授業しかやってない機関の報告はあてにならない」と言いたいわけではありません。ただ、外交官はもちろん「交換留学生に選ばれる学生」や「趣味として日本語自体を楽しもうと思っている学生」では、国内にある日本語学校の学生の比較対象にはなりにくいのもの事実。なので、同じ条件、つまり国内日本語学校で「まるごと」を使用した実践報告がないとその良さもなかなか信じられないってことです。だからこそ俺の学校での結果を共有してみようと思ったわけですが。


まあ、そもそも国際交流基金のミッションが『「文化」と「言語」と「対話」を通じて日本と世界をつなぐ場をつくり、人々の間に共感や信頼、好意をはぐくむ』とされているので、出稼ぎに来るような学生とでは比べられないのはしかたないことなんですけどね。

 

基金では日本や日本文化に興味を持った人に日本語教育を提供する、つまり内発的な動機づけからスタートする場合も多いのに対して、日本語学校では日本語はあくまでツール。日本語自体に興味があるわけではないし、他の国に行った方が簡単にたくさん稼げるとなればそっちに流れる人も多数。就職に必要だからという完全に外発的な動機な場合も多いわけです。そうなると出発点がそもそも違う。このへんがまるごとに手を出しにくい理由の1つなのかなとも思えます。


てことで、「まるごとを国内日本語学校で使用した実践報告がなかなか見当たらないから、うちで導入しても本当に効果があるか分からない」と悩んでいる人に向けて俺の使用状況をちょっとシェアしたというわけです。以上、補足でした。

JLPTには文型積み上げが効果的?

※長いです。

[概要]

・文型積み上げやめてタスクベースに変えた

・でも文法力変わらなかった

・JLPTそこそこ合格した(ただし対策教材は使う)

 

暇な人は↓を全部どうぞ。

 

____________________________________________

 

こんにちは、友です。

 

先月Twitterで某教科書がコミュニカティブかどうか、という話が盛り上がってましたね。

 

この記事も少し読まれたみたいです。

http://jpns.hateblo.jp/entry/2019/07/24/180450

 

そんな中、

 

「そうは言っても、なんだかんだ文型積み上げできっちり文法を覚えないとJLPTには合格できないでしょ」

 

「タスクベースで教えれば会話は上達するかもしれないけど、資格試験には向いてないよね。」

 

みたいな考えの人もいるらしいと気づきました。

 

で、気になるのは、文型積み上げを使っている人は「試験には文型積み上げ」って言うし、某基金に言わせればそんなことないって反論が出てくるし、でもお互い口だけで主張してもしょうがないし…実際のところ行動中心アプローチとかタスクベースばっかりで教えてるところでの合格率ってどうなんだろうって話ですよ。

 

そんなこと言うと、「いやいやうちは文型積み上げから変更して、きっちり効果上げてるよ!」なんて声が聞こえてきそうですが、俺みたいなひねくれものが正直に言ってしまうと、某基金のようにいろんな意味で余裕のある巨大な組織が、公務員だとか外交官になるような優秀な学生なんかを相手に教えたところで「そんなの誰が何を使ってどう教えようが、そこそこできるようになんだろ」という気持ちがどうしてもぬぐい切れないわけですよ。暴言マジですみません。

 

日本語学校勤務の俺としては、「高校も大学もぎりっぎりの成績でなんとか卒業して、ぎりっぎりの予算で留学して、専門か大学出たらさっさと働きたい」みたいな学生を相手に、「420時間や検定だけで修士もなければ専攻でも副専でもない、何なら新卒で社会人経験もない」という同僚たちと一緒に、進路指導やら学校行事やらに追われながら教えていても同様に効果が上がるのかが気になるわけですよ。たぶん同じように思ってる日本語学校の先生って結構いるんじゃないですかね。

 

あ、誤解される前に言っておくと、俺は文型積み上げは数年前に捨てました。文型積み上げを否定するわけじゃなく、俺が教えてる学生たちには向かないという話です。今は、初級は「つなぐにほんご」、初中級からは「まるごと」の2本で教えてます。

 

つまり、俺としてはこの教科書をしっかり信頼して効果が上がってるとは思ってるわけです。だいぶ前から言い続けてきたけど、文型積み上げを捨てたからと言って文法を捨てたわけじゃないんです。教科書が変わっても文法はしっかりやってます。授業への組み込み方が変わっただけです。

 

さて、話を戻して、個人的にはこの教科書に効果を感じてるけど、日本語学校勤務の立場としては

自分で出した教科書をよく言うのは当然だ、信頼できない、み〇日万歳。」

「まるごとを使って効果が高いのは基金で教えている人たちだけだ。日本語学校では使えない。」

みたいな人の気持ちもすごくよく分かるんです。

 

てことで、2年ほど前から中級レベルは完全にまるごとでいってる俺の学生たちのJLPT合格率がどうなったかってのを見てみると、行動中心アプローチを推奨する人たちの話の真偽がわかるんじゃないかなってわけです。

 

結果から言うと、み〇日やめてJLPTの結果が悪くなったなんてことは全くありません。劇的によくなったなんてこともないけど、文法力は全然変わりありません。これはJLPT本試験、校内N5〜3レベルの模擬試験全ての結果から言えます。み〇日であんなに文型練習帳やら標準問題やらいっぱいやってたのに、意味なかったのかよとちょっとがっかり。

 

コミュニケーション能力に関しては、きちんと調査したわけじゃないけど、事務の職員の方々に言わせれば「最近の学生はよく話す」らしいです。

つまり、「文法力は変わらず。会話力は上がった。」という感じです。

※あくまで主観です。

 

さて、それでは肝心のJLPTの結果についてです。うちみたいな日本語学校では、非漢字圏の学生はN3を持っているのと持っていないのとではだいぶ進学に与える影響が変わります。N2があればかなり優遇されます。

じゃあ、去年のJLPTの結果はというと、うちはネパールとウズベキスタンの学生がほとんどなんですが、N3の合格率62%。去年は7月の試験が中止になったので、12月の一発勝負です。人数は70名ほどで、半分は10月期の学生だから来日して1年ちょっと。N2に合格した人も2,3人ベトナム出身の学生が1人だけいて、その人はなんとN3で170点超えてた。すげえ。N2受けさせればよかった。

ちなみに中国の学生は3人しかいないけど全員N2には合格してたね。

 

去年は7月の試験が中止になったから代わりに模擬試験を受けさせてたんだけど、模擬試験でのN3以上合格率はというと75%。まあ、あくまで模擬試験だし、当然本番より合格はしやすいんだけど、カンニングし放題の本試験と違ってこれでもかっていうほど不正行為を取り締まってたからある意味信頼度は本試験より上かも笑

 

この数字を見て、他の日本語学校の先生方はどう思うのか。「60%程度じゃ全然足りない、やっぱり文型大事」ってなってしまうのか。

 

ツイッターでちょっとアンケートを取ってみたところ、↓のような結果に。

https://twitter.com/tomo_jpnstchr/status/1371597791688945665?s=21

 

普通~多いと感じる人がなんと80%

ちょっと少ないと感じる人もいるようです。優秀な学生が集まる学校さんですね。

正直「少なすぎ」という意見は半信半疑です。すみません。なら最初から選択肢作るなって話ですけど。

6割で少な『すぎる』ってことは、きっと8~10割を目指すということなんでしょうが、そもそも認定率3割の試験で何十人も受けて100%合格は相当厳しいと思うんですよね。受験者数10人以下とかならともかく。

 

さてさて、そんなわけで、うちは「つなぐにほんご」と「まるごと」に変えたわけですが、全然JLPTで悪い結果なんかは出なかったわけです。むしろ結構いい感じの結果のようです。

 

「文型積み上げてないのになんで!?」と思う方もいるかもですが、理由はさっきも言った通り、文法の勉強をやめたわけじゃないからです。積み上げてはいないけど、文法はしっかり勉強する、かつタスクもがんがんこなすから、JLPTのP、「proficiency」はどんどん上がっていくわけですよ。

 

 

ところで、「文型積み上げならコミュニケーション力は劣るかもしれないけど文法はしっかりできる」みたいな意見もときどき見ますが、そーゆーわけでもないんじゃないですかね。

今俺が所属してる学校も、教科書とか授業のやり方を変える前は形はわかるけど意味・使い方がよくわかってないみたいな人がたくさんいました。文型積み上げとかオーディオリンガル的な指導法をする人って「形が全て」って感じが抜けてないのかなって印象を受けるときがあります。

 

A「先生、それ、私が持ちませんか。」 

B「先生、それ、私が持ちてましょうか。」 

※いずれも「持ちましょうか」の間違い

 

Aは『形はあってるけど使い方が違う』、Bは『使い方はあってるけど形が違う』ですよね。

間違いのレベルとしては同じようなもんなんだけど、なぜかAの方が『形が正しいから大丈夫』みたいに軽く扱われていたような気がします。

実際にはAもBも文法力としては大差ないわけで、それならタスクをこなすためにどんどん日本語を使う授業をしていった方が最終的に日本語上手になるのは容易に想像できますね。

 

そんなわけで、

タスクベースが効果的って言われてるけど、優秀な人が優秀な人に恵まれた環境で教えたデータだけでもの語ってんじゃないのか」っていう疑いでしたが、そんなこともなくうちのような日本語学校でもしっかり効果は出てくれました。

 

最後に1つ注意ですが、ここまで書いた内容だと「うちはタスクベースの教科書だけでJLPTそこそこ合格した」みたいに見えますが、うちでJLPTの対策を一切していないわけではありません。対策用の教材として模擬試験やら問題集やら少しは使います。ただ、それは教科書を変える前から使ってました。うちで対策教材を使う主な理由の1つは、「試験の形式に慣れる」です。同じ日本語力の人でも、同じ形式の試験の経験が多ければ多いほど点は取りやすくなるので、そのためにも対策教材は使います。逆に言えば、どんな優れた教科書で勉強してても慣れない試験では点が取れないってことなので、みん日だろうがまるごとだろうが対策教材は必須です。使い方はタスクベースとか文型積み上げとかそんなレベルの話ではなく、普通に言語知識を増やして問題解いて慣れるだけです。

 

ちょっと話はそれるけど、最近某大手日本語学校の養成講座受講者がうちの学校の授業を見学しに来たんですが、「初級レベルでこんなに普通のスピードで話すなんてびっくりした!」って言われたんですよ。俺としては、「え、そこ?」ってくらい意外な話だったんです。講座では初級レベルではゆっくり話すように指導されてたんですかね。

そういえば、1年くらい前にうちの学校の事務担当の人がそこの講座を受けてたんですが、初級実習でめっちゃ細かく書かれた教案の未習語彙・文法をダメ出しされまくってました。

え、これ何年前の講座?と結構衝撃。これでもかというほどの大手日本語学校なのに。

なんていうか、やっぱりこういうところから変えていかないとダメなのかなと思わせる出来事でした。

 

 

ちなみに、前にTwitterでも言ったことあるけど、文型積み上げの教科書の効果的な使い方っていうのももちろんあると思います。

それは「辞書として使う」です。

例えば中国の大学で中国人の先生が中国人の学生だけに教えるような場で、コミュニカティブな活動をしている途中でわからない文法が出た時なんかに「じゃあ○○課の例文2を見て。今のはこれです。」みたいに文法の解説に使って、そんで文法の形と意味が確認できたらまた活動に戻る、みたいな、そんな使い方なら効果的かと思います。

タスクベースの教科書も文法は学べるけど、「さっき日本人が使ってたあの文法なんだろう、あれについてもっと知りたい」みたいな時にはやっぱり不向きなんです。そんな時にみん日+母語の文法解説とかあると便利。これはやっぱり文法を0から整理してある教科書の強みです。

日本語学校で文型積み上げを使うのが批判されてるのは、この「辞書」をコミュニケーション力養成に使おうとするからですよね。国語辞典を教科書にして会話練習なんかできるかって話です。

 

 

さてさて、ここらで話をまとめると、結局

 

タスクベースでも試験に合格するだけの日本語力はつけられる

 

っていうのが俺の結論です。

他の学校さんはどうなのから知らないけどね。

文型積み上げの教科書をやめた学校だけでの調査結果とかあったら、誰か教えてください。

スプレッドシートからgoogleフォームを作りたい!

Twitterにも書きましたが、googleフォームって便利だけど作るのはそれなりにめんどくさいんですよね。

エクセルで作った問題をそのままフォームにできたらいいのに…って思ってる人、いませんかね。

てことで、できる限りフォームはいじらずスプレッドシートで問題を作れるようにGASを使ってみました。

 

https://twitter.com/tomo_jpnstchr/status/1254345676575477761?s=21

 

プログラムの知識が一切なくてもできます。だって俺もプログラムなんか作れないもの。

 

さて、それじゃさっそくやり方。

①まず、共有してあるスプレッドシート↓を自分のgoogle driveにコピーして、それを開いてください。

 

https://docs.google.com/spreadsheets/d/1xJ2efw5DnhC7XBFxb3G0Cu2wM6q-1MSFSgS1LdyGQ8o/edit

 

②「フォームのタイトルを入力」ここにタイトルを入力します。

③「フォームの説明を入力」ここにフォームの説明を書きます。例えば「漢字の読み方を書いてください」とか「正しいことばを選んでください」みたいな、大問の問題文です。

④「問題文を入力」ここに一つ一つの問題を書きます。例では漢字の読み方を問う問題なので、漢字を入力しています。

⑤「選択肢1(正答)」ここに正しい選択肢を書きます。

⑥「選択肢2~4(誤答)」ここに間違った選択肢を書きます。

⑦「点数を半角数字で入力」ここに配点を書きます。

以上が基本的な入力事項です。

あとは問題を増やしたいだけ9~11行目をコピーして、13行以降に挿入してください。

コピーする際には、正答が1~4のいずれかに偏らないように、バランスよくコピーしてください。

※16行目は非表示にしてありますが、プログラムの一部が書かれていますので絶対に消さないでください。

問題数を増やす場合は必ず13~15行目のところに挿入してください。

 

では、次は②~⑦で入力したデータでフォームを作ります。

⑧赤いセルの部分をすべてコピーします。

⑨「ツール」から「スクリプトエディタ」を選びます。すると何やら英語で書かれた難しそうなものが出てきます。最初は「function myFunction() {}}」と書かれていると思います。全て消してまっさらにしてください。

⑩先ほどコピーしたものを貼り付けてください。赤いセルがちゃんと全部コピーできていれば、②~⑦の全てがペーストできるはずです。この時スプレッドシートでは非表示にしていたプログラムも一緒にペーストされています。急に英語でごちゃごちゃ書かれていてもびっくりして消さないでください。1文字でも消えるとプログラムが動きません。

⑪左上をクリックして、ファイルのタイトルを入力して、右向きの▼をクリックしてプログラムを実行しましょう。

⑫最初だけ認証が必要になります。「あんたのアカウントでなんかプログラム使おうとしてるけど大丈夫?」みたいな質問されます。俺のことを信用してくれるなら許可してください。これでもう新しいフォームができています。

スプレッドシートを終了して、フォームを開きましょう。先ほどスプレッドシートで入力した通りのフォームができているはずです。問題、選択肢、配点等間違いなければ、最後にフォームの設定をします。

「全般」もプログラムでいじれるんですが、とりあえず全部チェックは外した状態で作ってあります。

「プレゼンテーション」では質問の順序をシャッフルするところにチェックを入れています。

「テスト」のところですが、表示できる項目のところはいじりかたがわかりません…が、どうせみんな毎回好きなように設定を変えたいだろうということで気にしないことにします。お好みで表示する項目にチェックを入れてください。

 

以上で終了です。

実際に学生に見せる問題を見てみると、質問がシャッフルされているのがわかります。

 

 

さて、これで共有したスプレッドシートの使い方は終わりです。

自分でプログラムを入力するところは一切ありません。問題と選択肢を入れたら後はコピペです。

 

一つ難点をあげると、正答と誤答についてです。

選択肢の1~4のいずれかに正答を入れてると、そのうちミスをしそうです。

少なくとも俺は間違いなくミスります。ケアレスミスのかたまりのような人間です。

 

なので、俺はいつも「質問の順序をシャッフル」しないバージョンで作っています。

正答はすべて選択肢1。そしてフォームを作ってから、一つ一つの問題の設定で「選択肢の順序をシャッフルする」にチェックを入れています。これはプログラムでいじれないので、全部手作業です。

しかし正答が全て選択肢1の方が、問題作成時にミスが少ないし、結局は問題数が多いときはその方が楽です。

また、いつも俺が学校で使っているものは、必ずフォームの最初に「名前」と「自分のクラス」を書かせる/選ばせる質問も入れています。「質問の順序をシャッフル」をオンにしてしまうと、この「名前」と「クラス」の質問が他の問題と混ざってしまうのも理由の一つです。

今回共有したものは、できる限りフォームをいじらずに済むもの、という趣旨で作ってあります。

 

また、今回は選択肢から答えを選ぶ問題で作りましたが、答えを入力するタイプの問題も作ることができます。

漢字の読み方など、選ぶより書かせたいときはこちらです。

ただし答えを入力するタイプは解答をプログラムで入力しておくことができないので、フォームを作ってから手作業で解答を入れていかなければなりません。まぁゼロからフォームで作るよりはずっと楽ですが。

 

ちなみに、今回は問題数が少ないので、フォームも1ページだけですが、問題数が100とかになるとページをいくつかに分けた方が見やすいし答えるもの答えのチェックも楽です。

プログラムでページを分けることも可能なのですが、そのくらいならフォームでやっても大した手間にならないのでそこは今回省いてます。

 

とりあえずこんな感じです。なんか質問とかあればTwitterの方にコメントぶらさげるかDMください。

ただし最初に書いた通り、俺もプログラムが作れるわけじゃありません。

なので知らないことの方が多いです。正直ここに書かれている以外のことはほとんど知りません。

「〇〇みたいなプログラムも作って!」とか言われても100%無理です。

 

 

〈追記〉

スプレッドシートにちょっと注意点追加して、違うバージョンのシートも入れました。

◇正答全部1ver…名前通りです。「質問の順序をシャッフル」はオフにしてありす。

このバージョンは名前通り選択肢1が正答になるので、手動で全問「選択肢の順序をシャッフル」にチェックを入れてください。

◇記述ver…選択肢ではなく、自分で答えを入力するタイプの問題です。これはプログラムでは答えを入れておくことができないので、全問手動で答えを入力してください。ちなみにこちらも「質問の順序をシャッフル」はオフにしてます。

小ネタ共有&備忘録①

こんにちは。友です。

 

たまには何か役に立つことを、と思い授業中の小ネタを書いてみます。

 

今日はボールネタです。ボールを使ったゲームです。

野球ボールサイズのゴムボール、危なくないし持ちやすいし100均で買えるし、ひとつ持っていると便利です。

 

それではネタひとつめ。

 

「自己紹介」

レベル:入門

対象年齢:全年齢

人数:5人〜20人

準備物:ボール、タイマー(携帯ので十分)

事前準備:「私は〇〇です。」「お名前は?」の導入

 

〔やり方〕

参加者全員で輪になって立ちます。ボールを持っている人からスタートです。

①「私は〇〇です。」と自己紹介します。

②次に、誰でもいいのでボールを投げて渡します。ただし、投げる前に必ず渡す相手の名前をさん付けで呼びます。

③名前を呼ばれた人は「はい」と返事をして、ボールを受け取ります。ボールをもらったら「私は〇〇です。」と自己紹介して、別の人の名前を呼んでボールを渡します。

☆①〜③を繰り返すが、相手の名前がわからないときは「お名前は?」と聞いて、確認する。レベルによっては「あの、すみません」なども言えるとベター。

④あらかじめ1〜2分程度でタイマーをセットしておき、タイマーが鳴った時にボールを持っている人が負け。

☆教師は審判役だが、教師は「さん」ではなく「先生」と呼ばれる役で入ってもよい。初回授業だと教師も学生の名前を覚えられて便利。

 

〔効果〕

・日本語を話す抵抗がなくなります。まだまだ慣れない外国語、恥ずかしがる人もいますが、簡単なフレーズだけで行うゲームなので比較的抵抗なく声が出ます。

・何度も「私は〇〇です」と「△△さん」を繰り返すため、「自分には『さん』はだめだ」と体で覚えます。

・クラスメートの名前を覚えます。また、何度もいろいろな人の名前を呼ぶため、話しかける抵抗がなくなります。特に名前を覚えるのが効果が大きいです。名前を知っているかいないかで、関係がかなり変わります。

 

これは初めて入る入門レベルのクラスでは必ずやります。初級でも自分に「さん」をつけてしまう人はまだまだ多いし、単純にクラスメートの名前を覚えて話しかけやすくするというだけでも意味ありです。アイスブレークがわりに。

 

では次のゲーム。

これは今思いついたものなので、やったことありません。もしかしたらうまくいかないかもしれませんが、俺の妄想の中ではなかなか楽しくできています。

 

「計算ゲーム」

レベル:入門〜初級

対象年齢:小学生高学年〜

人数:3人〜20人

準備物:ボール、タイマー(携帯ので十分)

事前準備:数字、「〇〇足す/引く△△は?」の導入

 

基本ルールはひとつめの自己紹介と同じです。ボールをもらったらお題を話して次の人にボールを渡します。タイマーが鳴った時にボールを持っていたら負けです。

①1〜9の数字で足し算の問題を作って、誰かにボールを渡します。

例)1足す5は?

②ボールをもらった人は問題の答えを言います。次に、その答えに1〜9の数字を足す問題を作ります。

例)6足す9は?

③①と②を繰り返し、ある程度大きい数字になったら審判役が「引き算!」と言います。

④①と②を今度は引き算で行います。

☆算数が得意で暗算ができるクラスなら1〜9に限らず大きい数字で行ってもよい。俺は無理。

 

〔効果〕

・数字を覚えます。足す数字を「10〜90」など、大きなものに変えれば100や1000単位の練習もできます。

 

ボランティア教室に来ている小中学生用に何かゲームできないかと思ってたら、ふと浮かびました。大人でもできます。親子で子供vs大人とかチーム戦やると盛り上がりそうです。たぶん。

小中学生のうちは簡単な四則計算が早くできるかできないかというのが非常に重要な問題になります。

計算ドリルもいいけど、音で聞いた数字の計算も練習しておきたいので。

また、大きい数字に変えれば大人の買い物練習にも使えます。

 

とりあえず2つです。ボールは重宝してます。

また時間あったらなんか書きます。

練習Cってどうなの?

みなさんこんにちは。友です。
ちょっとツイッターで某日本語の教科書について呟いたら結構いろいろなコメントをいただきました。みなさんありがとうございます。

それで、コメントを見て思ったことですが、
「あれはいい練習だ」「私は教科書通りにやる」
という人の少なさがやばい。

ただやばいやばい言ってるだけなのもアレなので、一応個人的な意見もしっかり書いておこうと思います。

まず、あれがなぜダメなのか、というところから触れましょう。

件の本は簡単なものから難しいものへと進んでいく「文型積み上げ式」の教科書です。
進め方は、まずは形をしっかり覚えて、その後応用の会話練習をしていく、というもの。
練習A、B、Cとあって、練習Cは会話形式で文が書かれています。
Aは構造をわかりやすく示した例文、Bは変換や代入など、そしてCは会話練習、という流れなのでしょう。

しかし、はたして本当にCは「会話練習」なのでしょうか。

有名な本なので知っている人も多いでしょうが、練習Cは会話形式で「書かれている」ものです。そう、最初っから書かれちゃっているのです。会話が。


え、自分で会話考えないの?


ってなりますよね。会話練習なのに。
例えば、この練習、「〜ています」を学んだ課ではこんな感じで出てきます。

A:さあ、会議を始めましょう。あれ、佐藤さんは?
B:ああ、佐藤さんは今( )。
A:そうですか。じゃ、少し待ちましょう。
①コピーをします
②お茶をいれます
※実際は①②は文じゃなく絵で示す

これで、自分で( )に入る言葉を考えて形を変えてみましょうっていう練習です。

断言しますが、これは会話練習ではなく、語彙と活用の練習です。会話練習に全くなっていません。

いやいや、あれは短い場面を与えているだけで、会話のきっかけを作っているにすぎないんだ。できる人はその前後を考えさせて、しっかり会話練習を…

ってちょっとまって。確かにアレンジしたり前後を加えたりしてもっと会話内容を考えさせることもできるけど、そもそもこれは「〜てください」を『いつどこでどうやって』使うかの練習ですよね。
最初から場面を与えて「『〜てください』を使いましょう」って指示をだして…それじゃこの文型の使い方が身につくわけがないんですよ。
考えさせたいのは『前後』じゃなく、どの流れで「〜てください」を使うか、でしょう。一番考えさせなきゃいけないところを最初から与えてどうすんの。

ちょっと話はとびますが、日本語教師なら「コミュ二カティブアプローチ」というのは知っている人が多いと思います。
今ではもう古いものになりつつありますが、コミュ二カティブアプローチでは「実際のコミュニケーションには『情報差→選択→フィードバック』がある」と考えていて、これってすごく大事なことだと思うんですよね。

情報差っていうのは、例えば、相手が知っているけど自分が知らないことなど。
選択っていうのは、その情報差を埋めるために「自分がどのような言動をとるか」を選ぶこと。

知らないことを教えてもらうだけでも、「教えて」「それ何」「ご教示いただけないでしょうか」「教えろ」などなど、様々なことばがあって、その中のどれを選ぶかが非常に重要。

たぶん指導歴の長い先生なら経験あると思うんですが、「ある文型を教えたら意味がよくわかってなくてもいろいろな場面で使いまくっちゃう学生」っていますよね。
これって、情報差からの『選択』の練習が足りてない証拠です。

だから、「習ったことばを手当たり次第使う」ではなく、「習ったことばはいつ使うべきで、いつ使うべきではないのか」という、「使わない選択」っていうのも考えなければならないはずなんです。

で、例の練習Cは最初から場面も意味も機能も全部与えちゃってるから「情報差」も「選択」もありはしない。何も考えずただ形を変えるだけの練習になっちゃってる、ってことですね。

一応教師用指導書には「これは変換練習や代入練習ではない」と書いてありますが、教科書を使うのに教科書に書かれていることを見ない人なんていないでしょうっていう。

こんな話をすると、「いやいやいやそれでもその場面を変えたりして応用練習につながれば」って反論が出てきそうですが、そうなるともはや「そんだけ『アレンジ』とかいって変えまくるなら、そもそも教科書いらないじゃん」って思っちゃうんです。全部の課にアレンジしなきゃ使えないような練習が入ってるって、授業準備大変じゃん、時間かかるじゃん、授業多い人はどうすんの、と。

最近は行動中心アプローチに基づいた教科書がいろいろ出てきましたが、それらはどれも「教科書通りに進めていくだけ」の本ばかりです。何も準備しなくても、授業開始5分前に「ごめん、うちの息子が熱出したから次の授業変わって!」とか言われても、教科書があれば準備なしでもいけちゃうのだから、これは便利だなと思います。


話がずれてきちゃったんで戻しますが、結局俺は
・そのままだと会話(応用)練習にならない
・アレンジするのもめんどい
ってことで、最近この練習を飛ばしまくってる、というわけです。

うーん、利用者が多いだけに敵を作りそうな記事ですね。
敵ができたらきっとア○クさんとか某基金さんがフォローしてくれると信じています。

「日本語教師」は専門職?

こんにちは。友です。

 

とりあえず宣伝だけどpodcast始めましたよ!

https://podcasts.apple.com/us/podcast/lets-talk-in-japanese/id1470844095?uo=4

 

全然ブログの内容とは関係ないんですけどね。すみません。

 

 

さて、タイトルにあるとおり、「日本語教師」という仕事についてです。

 

最近日本語教育に関する法案が通ったこともあり、以前より日本語教師とか日本語教育という言葉をいろいろなところで目にするようになりました。それは大変喜ばしいんですが、同時に気になる意見も増えました。

 

それは「日本人なら誰でも日本語教えられる」というやつ。

 

やっぱりそう思う人はどこにでもいるんですね。

そこで、「誰でも教えられる」という人に聞きたい。

 

『あなたは英語を話してもいいですか。』

『私はまだ今の職場が習慣になっていません。』

 

あなたはこの日本語が直せますか?

 

上記の文って文法的には誤りがないんですよね。

じゃ、この2つを直したらどうなるのかっていうと、もちろん文脈的に意味が変わる場合もあるけど

 

『あなたは英語が話せますか。』

『私はまだ今の職場に慣れていません。』

 

となる可能性が高いです。

まず1つ目は、英語のcanの使い方のミスで、「Can I use it?」みたいに「can」の「〜してもいい?」という意味の使い方からのもの。

2つ目は中国語の「習慣」の使い方からくるもので、中国語では「慣れる」は「習慣」と言います。日本語では別々の言葉が、中国語では同じ単語で済んでしまいます。

 

これは母語や他に勉強した外国語からの影響によるミスですが、他にも一見文法的に正しく見えても文化や習慣の違いから使い方を直すべきこともあります。

 

例えば、何か頼みごとをする際に日本語では「ありがとう」と言わずに「お願いします」と言います。「ありがとう」と言うのは、頼みごとを引き受けてもらって初めて言います。ですが、他の言語では依頼文の最後を「ありがとう」で締めくくる場合も多いです。引き受けてもらえるかどうかは関係なく。場合によっては「まだ引き受けてないのに『ありがとう』なんて、勝手なやつだ」と思われてしまいかねません。

 

 

実は、最近lang-8というサイトを使っています。

勉強中の言語で日記などを書くと、その言語の母語話者が添削してくれる、というサイトで、今は新規登録を受け付けていないらしいですが俺はまだこのサイトが始まったばかりの時に登録してたので今でも使えるんです。

 

英語と中国語を忘れないようにときどき使うんですが、なかなか便利なサイトです。しかし、このサイトを使っていて、やはり上記のような例を直すのはなかなか難しいんだなと改めて実感したわけです。

 

最初に出した例もlang-8で見かけたものなんですが、実はこれらの間違いは全然修正されておらず、「完璧な文です」なんて言われてしまうことも多々あります。

 

つまり、本職の日本語教師言語学、音声学、メジャーどころの外国語、他文化などなど多分野にわたる知識をもとに学習者が「どうして間違えたか」を導き出す一方で、普通の日本人は「普段自分が話している日本語と違う」という視点でしか指導できないことが多いわけです。

 

このサイト、添削するのはいくら母語話者とはいえ、なんの資格もない素人がほとんど。添削の質は本当にバラバラ。同じ母語話者のはずなのに人によってある文法が正いと言ったり正しくないと言ったり、質問するために文法用語を使えば「それ何?」と言われるし、文法書に載ってる小難しい文を応用して書いたら「それは間違っている」と言われることもあります。

 

もちろん素晴らしい添削をして、わかりやすい解説をしてくれる人も多いです。自分でちゃんと考えて消化できる人には大変役に立つサイトです。

ただし、「自分でちゃんと考えて消化できる人」限定です。調べずに適当に書いて、直されたものを調べ直したりしないでいたら、どうも大した効果は上がらないように思えます。

まぁ、当然といえば当然です。同じ文に対して正しいと言う人と間違っていると言う人が混在しているわけですから。

 

誤解のないように付け加えると、俺自身はこのサイトが気に入っています。だからこそ退会せずに何年もユーザーでいるんです。素晴らしいサイトなので、これからも是非是非続けて欲しいと思っています。

 

ただ、日本語教育に関して言えば、法律も決まってこれから日本語を必要とする人が多くなる今、ボランティアという無料サービスだけに頼っていてはいけないし、教える側はきちんと教えるための訓練を積むべきだ、と思います。言語というのは話せれば誰でも教えられるものではないのです。

 

 

ちょっと古い話ですが、素晴らしい成績を残した有名野球選手がいざ引退して教える側に回ったら、何を言ってるのか全然わからなかった、なんてことがありました。

 

わかる人にはわかる、という感じです。

考えずになんとなくの感覚で動ける人というのもいますし、そういう人同士なら「感覚」だけで通じ合えるのかもしれません。しかし、人の感覚というのはなかなか一般化できないものです。

 

言語も普通母語話者は「感覚」で使っています。スポーツでも指導に資格が必要なんです。言語だって資格がなきゃ指導できないのは当然じゃないでしょうかね。